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人はなぜ死ぬのか。 なぜこんなことをまた書き出したのかというと、だよーんずの活動が再開したからだ。バンドと死と、どんな関係があるのか、ということはさておいて、兎に角、私はまた死という問題を考えたい気分になっている。 死にそうになったことは一度ある。が、残念ながら、自分が死に直面している、という実感は、実はない。早い内にブレイカが落ちて意識不明になっていたからである。結局のところ、二日半後に意識が戻り、現在に至っているわけだが、最初の晩には、医者は「今晩が峠です。血を吐いたら覚悟して下さい」というような発言をしており、しかも、私は洗面器に二杯分も、たっぷりと吐血したので、我が両親は、すっかり覚悟してしまったそうである。外れる予告をした医者が罪作りなのか、予告を覆した私の不死身さ加減が罪作りなのか。 「ここはどこ?」「私は誰?」というような、テレビで目にするような意識の回復の仕方ではなかった。じわじわと周囲の状況を把握しながら意識が戻ってきた。決して劇的なものではなかった。恐怖や痛みを感じるべき瞬間には私の心はどこか遠いところに出かけてしまっていたので、幸か不幸か、そういう感覚は一切ない。着々と回復していき、退院して、よろよろしながらも日常生活に戻っていった。脳波が異常だというので、数カ月間通院したが、治る気配がないので「もともとこういう異常な脳波だったんでしょう」などという落ちを付けられて、しゃんしゃんである。多分、私の脳波は今でもまともではないのだろう。 何が変わったのか、というと、一つは本を読む速度。これが極端に落ちた。退院直後はそれ以前の半分以下のページ数しか読めなかった。次第にまたすらすら読めるようになってきたけれど、かつてのレベルには程遠い感じだな。恐らく、思考速度自体も遅くなったに違いない。もともとがあまりにも速すぎたので、今ぐらいで丁度良い、などと嘯いている次第である。 自分では気がつかなかったが、バンドの仲間に指摘されたのが、それ以前の過激な音楽から少し離れた、ということ。書く音楽がポップな方向に変わっていった(素直なポップとはちょっと違うけれど)。聴くものも退院直後はビートルズばかり。それは無意識に求めた癒しであったのかもしれない。ほんとのところはわからいけどさ。 他に変わったことは、前にも増して、死が恐いものではなくなったこと。それと、もしかしたら、俺は死なない人間なのかもな、という間抜けなような不遜なような感覚が身の内に湧いたことぐらいか。 手相に詳しい人に見てもらうと、言われることが二つ。一つは人さし指の根元にある黒子。これは何とか宮の何とかかんとかで(細かいことは忘れてしまった)、星を握って生まれてきた、強運の持ち主だそうなのである。そして、もう一つが、非常に短い生命線。以前は「20歳で死ぬ」と言われていたが、今は「20歳で死んでいるはずだった」という言われ方になった。手相がどの程度の精度を持っているのかわからないけれど、先ほど書いた大きな事故を起こしたのは20歳のときである。 私は今日もこうして生きているのだけれど、死んでしまった人々もいる。 |